神社名 三柱神社(佐々町)
鎮座地 長崎県北松浦郡佐々町羽須和免404
由緒等 祭神
素盞鳴命 大己貴命 稲田姫命

由緒
貞元二丁丑年(977年)初丑日、古川嶽頂上に現はれたまい、やがて其地に鎮まり座ます由、神官の神田氏の家系に云えり。かくて三尊大明神と称し、郷中の崇敬深く、宗廟と尊び、例祭十一月初丑日を用いていたが、天養元年(1144)より九月九日と定め、郷中安全五穀成就の祭祀を行う。養和元年(1181)疫病流行し、諸民之に悩み、六月十五日、祇園祭を始めた。建武二年(1335)、古川嶽の麓、大川邊に遷座し、ついで応永三十三年(1426)、佐々村三王山に遷座し、天正二年(1574)、松浦隆信氏より社領高十石の寄進あり、慶長二年(1598)更に十石を加え、翌三年、火災にかかり宝庫、拝殿、山王社、及び縁起等焼失した。
元和二年(1615)、松浦氏の改革によって社領を引き上げられ、寛永二十年(1643)松浦鎮信氏より高二石を寄進され、寛文七年三月、三社大明神を改称した。文化元年(1804)、郷中悪疫の流行があり、神輿巡幸したところ疾病が忽ち退散したので、藩命によって九月九日の祭祀に海辺までの神幸を始めた。同二年十月今の地に遷座し、社殿を造営した。此の時、松浦氏、佐々村、小佐々村、市瀬村にて造営費を負う。明治四年(1872)官命により佐々村産土神となり明治七年(1875)郷社に列する。
(参考:明治神社誌料:府県郷社)
メモ 旧郷社。
埼玉県の大宮氷川神社を勧請した神社です。おくんち、祇園祭で有名で、1688年に寄進された鳥居は佐々町で一番古い鳥居です。
地図

一の鳥居

社号標

参道

二の鳥居(1688年に寄進された鳥居で佐々町で一番古い鳥居)

参道

参道

三の鳥居

手水舎

拝殿

本殿

境内社鳥居

境内社鳥居の額(「尊厳」の文字)

宮地嶽神社・金毘羅神社の鳥居

宮地嶽神社・金毘羅神社

小祠

宮地嶽神社・金毘羅神社の境内からの風景

肉弾三勇士北川丞伍長の像

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