神社名 | 求院八幡宮 |
鎮座地 | 島根県出雲市斐川町求院731 |
由緒等 |
島根県神社庁Webサイトによると由緒は次の通りです。 「境内摂社、浮島神社が氏神であったが中古八幡宮を氏神とする。棟札に建久三年王子閏、高橋次郎、藤原秀弘奉安置、とある。(建久三は鎌倉時代) 通称青獅子頭がある。奉寄進八幡宮、暦應二戌寅五月二十六日、神主村上筑後、十二ノ氏子、とある。(暦應二は南北朝時代)(獅子頭に記す)。当社では、例祭前夜に神能神楽・七座の舞を舞うならわしがあり、今も続いている。」 |
メモ |
斐伊川下流の東岸にあり、山陰本線が近くを走っています。 鎌倉時代、建久三年(1192年)に創立されました。「求院」は「ぐい」と読みます。境内は出雲国特有の簡素な神門に太い注連縄なのですが、本殿は大社造ではなく流造です。 境内社の鵠神社の方が伝承としてはメインの神社だと思います。「日本書紀」や「古事記」にも触れられている伝承です。 すなわち要約すると30歳を過ぎても発話しない誉津別王のことを心配した垂仁天皇が宮殿にお立ちになっていたところ鵠が飛んできて、誉津別王が「あれは何か」とおっしゃったので喜び、天皇はその鵠を捕らえよとおっしゃった。そこで鵠を追いかけたところ出雲に至った。その後、鵠を手に入れた誉津別王は喋ることができるようになったという伝承です。鵠が捕らえられる前に飛び越えた川は鳥越川、捕らえた地が「くぐい」が「ぐい」に転化し「求院」という地名の由来になったとされます。 「子祷祭典」で有名で、子供の生育や健康安全を祈る神事です。また、「投げ獅子」という舞もよく知られています。 |
撮影年 | 2024年 |
地図 |