神社名 曽枳能夜神社
鎮座地 出雲市斐川町神氷823
由緒等 旧郷社、式内社。
「当社は、延喜式内社で、出雲風土記に『神名火山(中略)曾枳能夜社に坐す伎比佐加美高日子命社、即ちこの山の嶺に在り。故れ神名火山と云ふ』と記されてあります。御祭神はこの地方(キヒサの里)一帯を守ります首長神であり、出雲大神の祭り主でありました。 古事記垂仁天皇の条に見られます「出雲国造の祖、伎比佐都美」は当社の御祭神であり、同条「石の曾の宮」とは当社であると考えられます。明治五年二月郷社に列せられています。」

合殿の熊野神社については御祭神は伊弉册命・速玉男命・豫母都事解男命の熊野三神です。由緒については案内板によると次の通りです。

「当社は天正年間広島甲田城主宍戸隆家が熊野より勧請せし社であります。修験者(山伏)による「延命長寿、極楽往生」を祈願する道場でありました。元神氷字宮谷にありましたのを、明治四十四年四月九日に本社に合祀されました。」

境内社の韓國伊太氏奉神社については御祭神は素戔嗚命・五十猛命です。由緒は案内板によると次の通りです。 「当社は、延喜式内社で、出雲国内六社の中の一社であり出雲風土記には、審伎乃夜社と記されています。御祭神は植林・殖産興業の神であり、「韓国」の名称や「からのそほりの命」との別名は、古代出雲と韓国との間の深い交流を知ることができます。元神氷字宮谷に在りましたのを明治四十四年四月九日、本社境内に遷座されました」
(案内葉より)
メモ 御祭神は伎比佐加美高日子命で出雲国造の祖とされます。
出雲国風土記には「曾枳能夜社」として「天津枳比佐可美高日子命」をお祀りし「神名火山」、現在の呼び名では仏経山の麓にある式内社です。「神名火山」は尼子経久が明星客院の勧めにより十二の寺を建て、「仏経山」と改名しました。また仏経山にある伎比佐の大岩は境内の支比佐社の元宮とされます。また多くの石神が山中にあり未だに全容は解明されていません。

北西には前回ポストした御井神社があり、西には夥しい数の銅剣や銅矛、銅鐸が出土した荒神谷遺跡もあり、古くから重要な地域であったことが容易に分かります。

そのような古代のロマンを感じさせない地味な外観の神社ではありますが、ピンと張り詰めた空気は積み重ねられてきた祭祀の重みを感じます。

また岩神は神魂伊能知奴志之命を祀り、出雲大社遥拝の磐座とされています。

境内には韓國伊太氐奉神社、釜神社、出雲大神宮、日御碕大神、若宮社、伎比佐社、岩神などバラエティ豊かな神社が鎮座します。 特に韓國伊太氐奉神社は社殿の形で残っているのは全国でもこの曽枳能夜神社と松江市の揖夜神社のみです。出雲国風土記に記載のない神社ですが、五十猛命と関連付ける説が有力です。
撮影年 2024年
地図

神社入口

一の鳥居

参道

参道の巨樹

二の鳥居

拝殿

本殿

本殿

社殿全景

神魂伊能知奴志之命を祀る磐座

日御碕大神

釜神社「御祭神は猿田彦大神、磐長姫神、塩土老翁命で、古老の伝によれば、祭典時には青松葉を燻らし、大正末年までは、川の上に架設した座にて七座の神事を行いしと云う。元神氷字宮谷に鎮座せしが、県が実施する防災工事の為め、平成二十年十一月氏神境内に遷座す。」

恵比寿大明神

伎比佐社

若宮神社

韓國伊太氐奉神社

出雲大神社

社号標

御神木

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