神社名 | 苅田神社 |
鎮座地 | 島根県大田市久手町波根西1942-2 |
由緒等 |
「当神社は延喜式内に列する名社で昔から加利多明神と讃へています。御神名の示すとおり農耕授福・危難消除の神であります。 倉稲魂之命は一般に稲荷大明神と申し商売繁昌を国常立命は生育を掌る母神であります。 千余年間に亘る鎮座地、神谷山から昭和三年にこの地へ遷座になりました。 例祭日 四月十五日 境内末社 祖霊社 地元出身の戦没英霊百五十二柱を祀る 大神山神社 字気母智命・大穴侍命・大年命・猿田彦命・久那戸命を祀る 幸神社 大物主命・少名彦那命・八意思兼命を始め木・火・金・水の五行の祖神を祀る 井戸神社「いも代官」井戸平左衛門を祀る。」 (案内葉より) |
メモ |
式内社。 大田市の北東部、日本海に程近い場所にあります。真新しい鳥居と狛犬さんがいて新しい神社っぽく見えますが相当な古社で式内社です。延喜式神名帳には「加利多明神」として記載があります。 旧石見国に特徴的な横幅が広く背の低い拝殿に、大田市を中心に広がっている「いも代官」こと井戸平左衛門信仰を示す「井戸神社」という境内社もあります。 神社の近くには国天然記念物である珪化木があり、土地自体が相当古いということが分かります。 御祭神は苅田比古神、苅田比咩神、倉稻魂神です。神名からも分かる通り五穀豊穣の神様です。国常立乃命もお祀りされていますが、これは後に大元神社を合祀したことによります。 もともと古代に神谷山の烏帽子端に磐座として鎮座していたのが創祀とされています。途中、波根湖の大氾濫で神社ごと流されましたが、その後も毛利元就などにより改築などが行われ、武将の崇敬も篤く、江戸時代には神谷明神、神田明神と呼ばれ厄除けの御利益があり参拝者が絶えなかったといわれています。 あまりの御神徳により周辺の住民達により神社の奪い合いの騒動も起きたということです。 昭和三年に神谷山麓から現在地に遷座されました。 |
撮影年 | 2024年 |
地図 |