神社名 鷲原八幡宮
鎮座地 島根県鹿足郡津和野町鷲原イ632-2
由緒等 鷲原八幡宮略由緒

主祭神 誉田別命(第十五代応神天皇)
    息長足姫命(第十四代仲哀天皇の御母)
    菅原道真公(天満天神)
    吉見頼行公(初代津和野藩主)他十三柱

 此のお宮の起源は約一千年の昔、天暦年間に山根六左衛門と云う人が宇佐八幡宮を勧請した時にはじまるといわれています。
 弘安五年(1282)、能登の国から吉見三河守頼行公が石見国木部村木曽野(今の津和野町木部)に仮の居を定め、鶴ヶ岡八幡宮を勧請せられました。社殿が吉見氏により木曽野から此の地に移され改築せられたのは三本松城(津和野城)が完成した嘉慶元年(1387年)吉見頼直公(頼行公の嫡子)の時代でした。
 爾来三本松城の守護神として吉見、坂崎、亀井の歴代領主の崇敬厚く、亀井氏の時代には藩中の三大社と称稱される神社の中の最高位に置かれていました。他の二社は祇園社(今の弥栄神社)と武霊社(今の津和野神社)であります。
 流鏑馬の馬場は鎌倉時代の原型を留めている貴重な文化財であります(県指定史跡)。また、楼門に掲げられている天保三年に奉献せられた額に「公園」という記述があり、早くから庶民に親しまれていた場所でもありました。
(後略)
(案内板より)
メモ 本殿、拝殿、楼門は国重文です。また、流鏑馬神事で非常に有名です。
地図

一の鳥居

参道

二の鳥居(両部鳥居)

二の鳥居神額

手水舎

参道

楼門前の狛犬吽形

楼門前の狛犬阿形

楼門

楼門

拝殿

楼門と拝殿をつなぐ橋

本殿

本殿

本殿

社殿全景

稲生社鳥居

稲生社

淡島神社鳥居

淡島神社

淡島神社隣の人形のお墓

末社

末社

流鏑馬馬場

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