神社名 | 開口神社 |
鎮座地 | 大阪府堺市堺区甲斐町東2-1-291 |
由緒等 |
開口神社御祭神 塩土老翁神(元 開口村の神) 素盞鳴尊(元 木戸村の神) 生国魂神(元 原村の神) 開口神社は、神功皇后により創建されたと伝えられ、奈良時代には開口水門姫神社とも称せられています。港を護る役割をもち、最古の国道といわれる竹内街道・長尾街道の西端にありました。また、行基により、念仏寺も建立されたといわれています。 その後、平安末期の天永4年(1113)、開口村・木戸村・原村の三村の神社が合わさって、三村宮(又は三村明神)とも称されました。 念仏寺の通称が「大寺」であったため、念仏寺が廃寺となった今も、堺の人々は「大寺さん」と愛着をこめて呼んでいます。 明治時代には、本神社境内に、現在の堺市役所、大阪府立三国丘高等学校、大阪府立泉陽高等学校、堺市立第一幼稚園などが置かれたこともありました。 堺にゆかりの深い絵師 土佐光起が本神社の創建を描いた「大寺縁起」や古くから伝来する「伏見天皇宸翰御歌集」、「短刀(銘吉光)」は重要文化財に指定されています。 (案内板より) |
メモ | 式内社で府社。 大寺さんとして親しまれています。神仏混淆の名残が色濃く残る名社です。 |
地図 |