神社名 伊萬里神社
鎮座地 佐賀県伊万里市立花町83
由緒等 香橘神社として現鎮座地に創祀、昭和三十四年に戸渡嶋神社、昭和三十七年に岩栗神社をそれぞれ合祀、昭和三十七年に「香橘神社」から「伊萬里神社」と改称。
景行天皇二年(西暦72年)に田道間守が「時非香菓(ときじくのかぐのこのみ)」を植えたのが香橘神社の創祀。
770年に橘嶋田麻呂が祖父であり橘氏の始祖である橘諸兄の御霊を祀り「橘ノ宮」とした。
1100年頃に松浦郡司の安倍宗任が英彦山宮を併せ祀り「岩栗山香橘神社」とした。

戸渡嶋神社は200年頃、神功皇后創建とされる。

岩栗神社は740年、藤原広嗣の乱を平定するために大野東人の副将、紀飯麻呂が自分の遠祖である彦太忍信命を祀り戦勝祈願をしたことを創祀とする。

御祭神
第三十一代敏達天皇皇子難波王・七世の皇孫葛城王橘諸兄命・伊弉諾命・伊奘冉尊・天忍骨尊(以上、香橘神社御祭神)
底筒男神・中筒男神・上筒男神・綿津見神(以上、戸渡嶋神社御祭神)
彦太忍信命(以上、岩栗神社御祭神)


(参考:案内板及び由緒書)
メモ 旧縣社。
香橘神社として非常に古い歴史を誇る神社で、非常に見どころが多く、境内にはお菓子の神様として有名な田道間守を祀った菓祖中嶋神社が鎮座します。
岩栗神社、戸渡嶋神社、香橘神社の名残は社号標や鳥居神額などに残っています。
また、裏山を登ると森永製菓初代社長の森永太一郎の銅像があります。
地図

一の鳥居

社号標

菓祖中嶋神社と香橘神社の社号標

岩栗神社の社号標

参道

二の鳥居(神額は「香橘神社」)

三の鳥居(神額は「香橘宮」)

四の鳥居(神額は「香橘宮」)

五の鳥居(神額は「岩栗神社」)

神橋

御神水

神馬

中国風の楼門

中国風の楼門

楼門を挟んで反対側参道の一の鳥居(神額は「戸渡嶋宮」)

楼門を挟んで反対側参道の二の鳥居

楼門そばの英彦山神社、石仏

楼門そばの西宮大神宮、弁財天など

楼門そばの住吉大神、樫森稲荷など

楼門そばの八幡宮など

中門

境内

拝殿前狛犬吽形

拝殿前狛犬阿形

拝殿

本殿

菓祖中嶋神社鳥居

菓祖中嶋神社狛犬吽形

菓祖中嶋神社狛犬阿形

菓祖中嶋神社

境内社鳥居(神額は「西宮神社」)

大黒天と恵比寿天

日峰さまと稲荷神社

稲荷神社

天満宮

裏山の加志田萬次郎命

裏山の八天狗さま

裏山の役行者さま

裏山の猿田彦大神

裏山の月読命

裏山の森永太一郎像

参道沿い猿田彦大神など

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