神社名 岐部神社
鎮座地 大分県国東市国見町岐部1883
由緒等 岐部社由緒(旧社格 郷社)

御祭神
(天大将軍宮)
経津主命 武甕槌命 天御中主命 高皇産霊命 神皇産霊命 保食命
(牛頭宮)
素盞鳴命
(住吉宮)
表筒男命 中筒男命 底筒男命

境内社
鴨社(事代主命) 八坂社(素盞鳴命) 花園社(経津主命 武甕槌命) 八重垣社(稲田姫命) 宮繁社(大己貴命) 秋葉社(迦具土命) 若宮社(仁徳天皇) 上姫社(金山彦命) 歳神社(大年神、御年神、若年神)

由緒
 天大将軍宮は、後白河天皇の御宇、保元三年冬十月初午、此地岐部邑の花園の地に降臨し給うに御幣帛三本、牡牝白毛の鹿二頭と白鶴一羽示現ましますれば、天大将軍の宮として奉斎す
 牛頭宮は往古、上岐部古森に鎮座していたものを後現常念寺の隣地に勧請したが神威の尊さの致すところ法蔵庵前の現元宮の地に奉斎す
 江戸時代正徳の初め、元宮鎮座の牛頭宮と共に天大将軍宮を現地上姫に遷座し奉る 当時社殿は極めて小規模の草葺別々に設けられしが 然るに時代の推移に依り慶應二年社殿大改造を行い、今日のごとき荘厳なる社殿を営みしなり
 昔より此地に疫病流行少なく且つ又偉人多く出ずるは当社の神徳霊験あらたかなる故なり 又、唐門、文久二年四月建立、大工棟梁丸小野治兵衛、宮大工修練の為江戸に上り専心技術練磨す この間日光に参拝、唐門の荘厳に感じ期することあり帰郷、斎戒精進し腕を磨いて現在の荘厳なる唐門を建立す 当時屋根は桧皮葺と共に草葺なりしも明治二十九年青銅葺に改造す
(案内板より)
メモ 旧郷社。
江戸時代のカトリック司教、ペトロ・カスイ岐部で有名な岐部地区に鎮座。ちなみにペトロ・カスイ岐部の実母は宇佐八幡の神官でした。
この地に鎮座していた数社を合祀した神社で、石造仁王像、唐門が見どころです。
地図

一の鳥居

参道

二の鳥居

楼門

石造仁王像

石造仁王像

神門

神橋

境内狛犬吽形

境内狛犬阿形

境内

手水舎

中門

中門神額

拝殿

本殿

本殿

社殿全景

本殿右手蛭子宮鳥居

本殿右手蛭子宮

本殿左手歳神社鳥居

本殿左手歳神社

山神宮鳥居

山神宮

西参道鳥居

裏鳥居

唐門

巨樹

巨樹

天満宮鳥居

天満宮拝殿

天満宮本殿

天満宮神牛

天満宮狛犬吽形

天満宮狛犬阿形

天満宮北、金比羅宮鳥居

天満宮北、金比羅宮

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