神社名 上内八幡宮
鎮座地 福岡県大牟田市上内1528
由緒等 正しい情報は公式サイトにてご確認ください。
鎮座承平七丁酉年五月(937)、明治六年三月十四日村社に定めらる。
社説に曰く、往時は社殿も壮大にして兩部奉仕の神社なりしと。社僧の居たる寺院の跡を寺島という其の当時は神幸の式もありて供奉者の御太刀を持つ家は定りて、其の住する所を太刀山と云う、又小太刀を持つ家も定りて其の住する所を小太刀と称す。其後戦乱の世となり神社も従て衰頽に赴しも、境内に塔石の二三遺れるものありて其四面に梵字一字ずつ刻するものあり、正面の左に聖廟外朝天長地久と、右側に正平七年(1352)五月二十七日とあり。此塔石梵字より見れば社僧ありしこと顯然たり。又正平の年号あるを見れば菊池氏の所領たることも明かなり。正平七年は所謂南北朝の日ならむ。立花宗茂柳河を領するに及び後継なきを以て、甥三池藩祖立花直次の長子政俊を養い一旦世継となせしが、故有りて後を襲がず。政俊は寛永年中采地を当村に得て別に一家を立つ、後に宗繁と号す。文久三年本社境内に其の霊社を祀る。政俊当村を領するに至りしより世々崇敬殊に篤く地所物品数度に亘り寄進せられ、武運長久の祈願社とせらる。
(福岡県神社誌より)
メモ 神社の入り口には二基鳥居が並んであります。片方は八幡宮の鳥居で楼門が付いてます。片方の鳥居は宗繁神社の鳥居になっています。
宗繁神社は「そうはん公」さんと呼ばれ、柳川藩候の宗族である立花内膳入道宗繁を祀っています。
撮影年 2018年
地図

八幡宮鳥居

楼門

楼門前大牟田型狛犬吽形

楼門前大牟田型狛犬阿形

境内

拝殿

拝殿彫刻

本殿

本殿

社殿全景

宗繁神社鳥居

宗繁神社狛犬吽形

宗繁神社狛犬阿形

宗繁神社

灯籠上の鳩

灯籠上の鳩

御神木

神馬

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