神社名 | 矢留大神宮 |
鎮座地 | 福岡県柳川市矢留本町25-27 |
由緒等 |
1185年壇ノ浦で敗れた平家の落人は、肥後路へ逃避しました。しかし、源氏の追求は厳しく、落武者6名 難波善長、加藤藤内、浦川天ヶ左衛門、鳴神藤助、是永多七、若宮兵七 は、柳川沖端に移り住み、漁業をはじめたといわれています。当時の人々は、平家の身分の高い人達として、6名の騎馬武者の意味で「六騎」と称していました。 立花宗茂公が柳川城に復帰すると、有明海の「漁業権」を得て活動するようになりました。 こうして「六騎」が、沖端漁業の基礎を築いたので、漁業者のことを「六騎」と呼ぶようになりました。 また、産土神(氏神)をまつることに気づいた「六騎」の一人は伊勢に参り、半鏡を授かった。するとまもなく、この矢留の地から半鏡が発見されたので、伊勢大神宮から授かった半鏡とつなぎ合わせて見ると、不私擬なことに一致し、これは大神宮様のお授けになったものであるとして、天照大神を奉祀したのが、矢留大神宮です。時は1395年11月15日でした。毎年11月15日、矢留大神宮、六騎神社の大祭がおこなわれます。 (案内板) |
メモ | 北原白秋生家近くに鎮座する平家の落人伝説の神社の一つ。北原白秋の歌の中にも詠まれている神社です。 |
撮影年 | 2017年 |
地図 |