神社名 | 沖端水天宮 |
鎮座地 | 福岡県柳川市稲荷町21 |
由緒等 |
文禄三年(西暦1594年)立花宗茂公が筑紫次郎(筑後川)の浅瀬を狐火に誘導されて、無事に柳川城に入城されたのは狐の加護によるものと稲荷神社(豊受姫神)を建立された。其の後文化年間に京都の彌剣神社(祇園社)の御分霊を合祀され当時祭の際は各町より小舟を出して舟舞台を造り余興や囃子を奉納しました。明治二年に久留米水天宮の御分霊を合祀し、水難安産の神として崇敬の宮です。水天宮合祀と同時に文化文政時代の形式そのままの舟舞台を造り其れを六そうの舟に乗せ三神丸と名づけ歌舞伎を上演し、舟舞台囃子を奉納しました。(以下略)
(案内板より) |
メモ | 稲荷町の地名の起源にもなった神社で、明治期に水天宮と改称。柳川のお堀に鎮座するその姿は小さい神社ながら威厳と風格を漂わせています。 |
撮影年 | 2017年 |
地図 |