神社名 | 厳島神社 |
鎮座地 | 福岡県飯塚市鹿毛馬1083 |
由緒等 | 厳島神社
御祭神 市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命 由緒 当社は日思山の山上に建立され、聖武天皇の御時(七二四年〜七四九年)御社の東に宮司の坊(浄福寺)を建立。以後延文年中(一三五六年〜一三六一年)まで筑前、豊前両国の衆民により祭られていた。しかし、山上であるため参詣に不便なことから延文年中、本社三女神を筑前国鹿毛馬村へ遷し奉り天照皇大神を豊前国神崎村に遷し、共に両村の産土神として崇奉られる。その後、山上の社殿は野火の為焼亡したがその礎石は今も現存している。 永正元年(一五〇四年)神殿並びに社屋を再建。(大願主清原兼通敬白の棟札有り)村人百六十六名と共に祭事を執り行っている。(文亀三年の宮座帳より) 明治三十三年(一八九九年)縣社に昇格。嘉穂郡誌には「郡内唯一の縣社にして社地は広大ならざるも、高燥にして清浄なり」と記されている。 昭和七年(一九三二年)神殿、幣殿、拝殿を再建し、現在に至る。 牧野神社(本社相殿) 御祭神 狭野命、保食命、大山積命、倉稲魂命 由緒 山麓の野に多くの馬が群れるのを以て牧を開き、その馬を献上していた。しかし毎日馬を使うことは荒ふる故に当郡中、全てに五月朔日より七日までの間、馬を使うことを禁止し、その間大祭を執り行っていた。 文暦年中(一二三四年)牧を廃し以後神社も荒廃するにしたがい元亀年中(一五七〇年〜一五七二年)本社の相殿に遷し奉る。(案内板より) |
メモ | 旧縣社。福岡県でも類を見ないほど大きい祖霊社があります。 |
地図 |